どうも、コムヨシです。
前回、恐喝容疑の真相を解明しました。
今回は就任奉告祭数日前の出来後を書いてみようと思います。
畳みふき掃除
就任奉告祭の2日くらい前だったと思うんですが、上級の信者さんたちが来て下さり掃除を手伝ってくれました。
草が生えまくっていた庭をキレイにしてもらったり
神殿内外を隅々までキレイにしていってくれました。
大変だったというか苦労したのが、神殿の畳拭き掃除でした。
神殿の畳といっても、畳の上に敷いてあったゴザです。
何年間つかっていたのか分かりませんが、拭けば拭く程ボロボロとなってしまい、掃除をしているのか汚しているのか、分からないような状態でした。
畳を新しく出来れば最高ですが、ご存知の通り畳は高額です。
一畳1万円くらいが相場でしょうか。
神殿は横が5間の縦が3間半なので畳が35枚になります。
35万は無理ですね。
しかもあと2日でどうにかなるわけでもないでしょうし。
ゴザを新しくするにも、ボクは仕事をしたことがないので貯金なんてありませんし、教会のお金もありません。あるのは前会長夫妻のお金だけです。
前会長夫妻に相談すればよかったんでしょうが、恐喝容疑の件もあってか、あまりお金の話はしたくありませんでした。
なので、とにかくゴザを少しでもキレイにするということを意識して、手伝いに来て下さった方々と一緒に、畳(ゴザ)を2度3度と拭きまくりました。
「ゴザは外したほうがいいわよ」
やれやれ、ようやくそれなりにキレイになったなあとみんなで話をしながら休憩していると、久保ツエさん(前奥さん)が部屋から出てきました。
掃除をしてくれている人達に一通りお礼をしながら、たたみ拭きチームのところにやってきました。
久保さん「あらー、このゴザ拭いたの〜?」
ボク「新しく買えないので少しでもキレイにしようと思いまして」
久保さん「ゴザの下の畳は新しいから、ゴザは外した方がいいわよ」
ボク「はい????」
久保さん「10年くらい前に畳を全部新しくしたのよ」
ボク「はい〜?????」
久保さん「新しい畳がもったいないから、何かある時のためにゴザを敷いておいたのよ。だからゴザは外したらいいわよ。」
ボク「・・・・・・・」
正に絶句でした。
手伝いをしてくれた人達も完全に失笑です。
今までの数時間はいったいなんだったのだ。的な。
ゴザをめくってみると、たしかに畳が青い。
でも、日に焼けている部分と青い部分のギャップがひどい。
キレイなのか汚いのか微妙な存在感。
せっかくの新しい畳にゴザを敷くという前代未聞の珍事。
わかっていることは、ゴザを外したら10年間分の汚れと格闘しなければならないということでした。
その日の掃除は午前中でだいたい片付いたので、みなさんにはお昼で帰っていただきました。
残ったボク1人、ゴザを外すか残すかで迷っていました。
ゴザを外せば、それなりにいい状態の畳が手に入る。
しかし、ボク1人で10年間分の汚れを落とせるだろうか。
これから誰かに頼むのも忍びない。そんな勇気もない。
でも、喉から手が出るほど欲しかった新しい畳を目の前にして、自分の労力を惜しんで後々後悔するくらいなら、やって後悔しよう。
よし、やるか。やりたくないけど。
ゴザを剥がし、バケツに水を汲んで来ます。
畳一枚吹き上げるのに何回バケツの水をかえたことか。
本当に終わるんだろうか。
ボクはとんでもないものに手をだしてしまったのではないだろうか。
明日はお供え物の準備やら最終的な打ち合せやら、細々とした準備が山積している。
やるんじゃなかったな。
そんな後悔をしながら、あとに引けない状況と久保ツエさんの一言を恨みながら、ひたすら拭き続けました。
午後一から始めて、ようやく先が見えた頃にはあたりはすっかり暗くなっていました。
とりあえず終われた。
原因と結果
畳を拭き続けた数時間は、正に自分との闘いでしたが、同時に自分自身ときっちり向き合う事ができた時間にもなりました。
この世に偶然というものは一つもなく、身に起こってくることは全てが必然です。
信じられないような奇跡も、それは起こるべくして起こったのであり、たまたまというものはこの世に一切ありません。
良いことも、都合の悪いことも、すべて自分の行動と思考の結果です。
この世は常に原因と結果で成り立っていて、その連続で自分の運命が作られていきます。心が変われば運命がかわるというのはそういうことなんですね。
なぜこのタイミングで新しい畳の存在を知らねばならなかったのか、ボクが一人で数時間かけて畳を拭くという結果にはどんな原因があったのか、ボクにはわかりません。それは考える必要はないと思うんです。
大切なことは、今この瞬間自分の身に起こっていることに対して、都合の悪いことであればあるほどそれを喜んで取り組むことなんですね。
その瞬間身に起こっている結果に対して、その瞬間を大切に、喜んで取り組むことで、それが新たな原因となって、新しい結果をもたらしてくれます。
正直、こんな汚い畳を拭くなんて、とてもじゃないけど喜べない。でも、これをやったら、やらないという選択肢から得る結果よりは間違いなく、良い結果が身に起こってくるはずだから、喜べないけど、不足をしないで、恨まないで、とにかくやり切ろう。
そんなことを1人で考えながら、畳を吹きまくりました。
なんだか、まるで奉告祭が終わったような
すべてをやりきった達成感のような
言いようのない変な感覚を感じながら、帰路につきました。
奉告祭まであと2日。
つづく
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